「人は見た目でも判断される」というのは紛れもない現実、と子供に教えている話

引用まではしないが、ある記事を読んだ。娘を持つ母親の中には「我が娘は顔が不細工なので将来が心配だ」と感じる人が居て、それに関する内容だった。

私(中年男性)には子供が一人いるが男の子であるし(現在中学一年生)、何か知見がある訳でもないので、上に関してはこれ以上は述べない。

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「人は見た目で判断される」というのは、紛れもない現実であると思っている。実生活における実感もそうであるし、またテレビなどに登場する人物を見ていても、例えば「アナウンサー」という職業は本来は容姿は無関係か極めて関連性が低いとしか思われないのだが、「女子アナ」と呼ばれる人たちの顔立ちや体形を見ている限り、「判断基準の中において『容姿』の比重が凄く高いのだろう」としか思えないし、また世間においても「女子アナ=美人」という風潮である。

私は企業の人事担当などに関わったことがないので想像だが、恐らく一般的な企業での採用においても、特に女性に関しては採用判断の中においては容姿も相当に関係しているのではないか、と思っている。

以上はどちらも「女性」のことに関して述べたが、世の中の様々な事柄において、程度の差こそあれ「男性」に関しても同様なのだろうとも思っている。

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以上のように、現実社会は恋愛や結婚などに関係するものばかりでなく、様々な事柄において「人は見た目で判断される」のが現実であると私は思っていて、それは「単なる現実」として息子にもそのまま伝えて良いと思っているし、現に息子が小さな頃から現在もそのように話している。

そして将来、息子が大きくなった時に、特に私生活において恋愛や結婚その他で女性を「見た目で判断」しても構わないと思っているし、そのようにも伝えている。そんなものは息子の自由である。

ただ、特段の事情もないのに「他人の容姿をあげつらい笑う」ような態度振る舞いは人間として決定的に間違っていると思っているし、また例えばテレビ番組で「いじり」と称して性別を問わず「他人の容姿をあげつらい笑う」ようなシーンが当たり前のように出てくることは大変好ましからざることだと私は思っていて、そしてそのようなものが嫌になったことも私がテレビを一切見なくなった要因の一つであることもまた、息子にはストレートに伝えている。

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子供が小さな頃は、危険なことや間違っていることなどに関して「それをやってはダメだ」と親が禁止する。

しかし子供が大きくなるにつれてその色合いは弱まって当然だし、子供が大人になれば基本的に「親が何かを禁止する」というのは不自然なのであって、すなわち「大人になった者」は自らの判断で生きてゆくことになる。

息子がそうなった際に、どう判断するかは別として「あの時父親は、あんな風に真剣に語っていたな」と一つの意見として記憶に残ってくれたら良いな、なんて思いながら子育てをしている。