子供に対する親の「決めつけ」も必要だし、「決めつけない」ことも必要

我が家には現在中学一年生の一人息子がいる。

小学校にあがる少し前の頃から、先取り学習として、算数、数学を私(中年男性)が教え始め、それは現在も続いている。ちなみに現在は、中学三年の範囲が終わりそうで、高校数学に進もうか、という段階である。

最初に始めるにあたり、親としての私には、以下のような「決めつけ」とも言える考えがあった。

・小学校、中学校の範囲に限って言えば、その他の教科と比べると算数、数学だけは特段に難しい。従って小学校高学年や中学校になってくると「よく分かっている人と、あまり分かっていない人の差」が大きく開くようになり、受験などの際の「差を見る」教科としての色合いが濃くなっている。

・私程度の人間から見ても、算数、数学に関して「そんな部分から分かっていないのか」というような大人が非常に多い。大人になってから仕事などで実践的に算数、数学を使おうとした場合、いわゆる「丸覚え」はあまり役に立たず、「いかに本質から理解して、それを応用するように思考できるか」が問われるので、そういう部分の勉強を早めに始めるのは悪いことではない。

それから随分経って、息子ももう中学一年生になったのだが、今回は詳しい描写は省略するが、これまでの学校での出来事を息子から聞いたり、また現在の息子は相当に難しい問題を解く場合であっても、最後に解けるか解けないかに関わらず、ずっと集中して考えることが出来るようになってきているが、そのような息子の姿を見ていると、上で述べたような私の「決めつけ」に近い考えも、それほど大きく間違っていなかったのではないか、と感じている。

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一方で、私はスポーツ全般が苦手であったし好きでもなかったので(小学校、中学校とずっと野球をやっていて全く上手くならなかったのでよりスポーツが嫌いになった)、息子に対して「これをやらせたら」みたいな考えも一切なかったのだが、妻の考えで小さな頃に体操や水泳などの教室に通わせた。

「そんなに上達しないだろう」と決めつけることなく、家計が許す範囲で、また時間的に勉強の支障にならない範囲で息子が楽しく続けられるのなら、それで良いと思っていた。そして実際にあまり上達しなくても、親としてがっかりすることも無かった。

ただ、小学三年生になった時、とある球技の部活に入りたいと言い出した。それまで息子がその球技に興味があった訳ではないので、妻の提案により、妻と息子が二人で話して決めたようだった。

球技となるとやっぱり「私の息子なのに、上達するかなぁ…」という考えが頭をよぎったし、また生活の中での拘束時間の長さも相当なものだったので、つい「考え直したら」と言ってしまった。

しかし私が知らないところでボールなどを買ったりして既成事実化された。「こうなったら、お父さんも応援するよ」と私は言った。すなわち妻の作戦勝ちであった。

それから時が経ち、息子が小学六年生になった時には、いわゆる「キャプテンでエース」のような立場になり、試合でも相当なところまで勝ち上がったりして、私としては良い意味で本当の「想定外」だったのである。

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親の立場で「子供の不利益には絶対にならないだろう」と強く思えるようなことならある程度は「決めつけ」でも構わないし、逆に「本当に子供の為になるのかな」と感じるようなことであっても絶対に無駄になると確信が持てないようなことなら自分の考えで「決めつけない」ことも時には大切だ。

すなわち、「決めつけでよい」もしくは「決めつけてはならない」と全ての事柄において杓子定規に当てはめて判断してしまうほうが余程不自然なのである。

そんな「当たり前のこと」を、改めて実感している。